DATE 2010. 1.20 NO .
あぁ、何の因果か。
神の与えたもうたは、希望か――絶望か。
この地に流れ着いた事に意味を求めずにはいられなかった。
狂おしく……情けないほどに。
その青年を見ても、特に気にかける者はいなかっただろう。
くたびれた旅装に身を包み、フードを目深にかぶって階段に腰かけた姿は、世界が引き裂かれたその時に心を置き去りにしたまま、空っぽかのようだった。
それほど世界は疲れ果てており、青年のような者も街並みに溶け込んでしまう。路傍の花ほどに当たり前すぎて、あるいは、もはやそんな事にかかずらっている余裕などなくて。
かつてはとても活気のあったこの街も、例外ではない。
だがそれは、青年にとってはかすかな僥倖であったのやもしれぬ――
「――どうしたの?」
唐突に。
誰も彼もと同じように通り過ぎていくはずだった少女の足が、止まった。
「お腹が空いたの?」
少女は青年の真正面にかがみ、小首を傾げる。
「……私なんかに構っていて、いいのかい?」
青年は答えず、質問で返した。
見たところ、少女は良くも悪くも――普通の子だ。
「えっとね、レディは皆に優しくするんだぞーって」
青年の思考は一瞬、停止する。
「お城の陛下がそう言って、いつもからかってきた男の子達から助けてくれたって友達が……あれ?」
何か文脈がおかしい事に気づいて考え込む少女。
「とにかく、エドガー様がいるから大丈夫。…ね?」
だから、元気を出して。
そう言って青年に手を差しのべる。
青年の口元に笑みがにじんだ。
目覚めと共に広がった光景は――砂漠。
慣れ親しんだ砂の海の向こう、遠くに見える街並みも、間違いなくサウスフィガロのそれだった。
下半身はまだ水の中だという事も忘れて、エドガーは呆然と故郷を見つめていた。
――違う。
ナルシェはどこだ? サウスフィガロがあの方向なら――こんなところに海岸線があるはすがない。
それにどれだけ目を凝らしても、フィガロ城の尖塔すら見えない。
恐らくコーリンゲン側にいる。
変わり果てた国土を前に、エドガーは己に必死にそう言い聞かせ、水に濡れた重い身体を起こした。
全身が酷く痛む。
だが思考は痛みを置き去りに、ただ前へ歩めと命を下した。
青年は、「誰かが何とかしてくれる」とかいう発想が嫌いだったけれど。
今、少女の言葉に嬉しさを感じている自分に気づき、苦笑をにじませた。
街で情報を集めているとすぐに、青年はフィガロ城があの日以来地中に埋もれたままなのだという事を知った。
その衝撃は青年を打ちのめすには充分なものであり、少し前に目にしたばかりの空虚な砂漠と未だ煙のくすぶるこの街とが、彼に更に追い打ちをかけた。
地中で停止してしまった理由が何であれ、城内の酸素と備蓄が続く限りは心配ない。彼らは必ず生き延びている――その信頼は、揺るがない。
その想いが、青年に希望を見出させた。コーリンゲンに確認をとる事も難しい中、こんな早くに誰がその報をもたらしたのか――そこに気づかせる余裕を与えた。
逃げて来た盗賊達を追えば、城内に助けに行く方法が見つかる、と。
「――皆がレディになれたらいいのにね」
そうしたら、いじめっ子もいじめられっ子も、いなくなるのに。
少女はそう、小さく付け加えた。
「そう、だな」
今や世界で唯一の君主となった青年は、暗く澱んだ空を仰ぐ。
「優しい…世界に、しないとな」
≪あとがき≫
――そして彼は、旅立ちを選ぶ。
フィガロからも狂信者の塔に行ってしまった人が何人かいる、ってのは話に出てましたしね。お城の人だった気がせんでもないですが。
目の前のサウスフィガロは、リーダーを必要としているかもしれない。盗賊を追うのも、本来は王が独りですべき事ではない。
けれど盗賊を追う事を選択する。
エドガー・ロニ=フィガロから、「青年」へ。
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